徳之島兄家族殺傷事件は、2002年8月16日に鹿児島県徳之島の伊仙町で発生した殺人事件です。犯人である名古圭志(当時32歳)は、実兄である名古博文さん(当時42歳)の家族を襲撃し、博文さんの妻・和美さん(当時40歳)と長女・千尋さん(当時17歳)を刺殺し、次男(当時13歳)に重傷を負わせました。
事件の背景
名古圭志は、出生直後に母親を亡くし、施設で育ちました。高校卒業後は関西地方で働いていましたが、やがて暴力団に関与するようになりました。2002年2月、父親の死去を機に暴力団を脱退し、徳之島に帰郷。当初は兄・博文さんの家に同居していましたが、後に父親の住居を改築して住み始めました。
しかし、名古は兄家族、とりわけ姪や甥に対して過度に干渉するようになり、これが兄弟間の摩擦を生む原因となりました。兄から「家族は赤の他人だから干渉しないように」と指摘されたことをきっかけに、名古は自分が無視されていると感じ、兄家族に対する不信感を募らせていきました。
事件の経緯
2002年8月16日午前11時20分頃、名古は刺身包丁を持って兄・博文さんの自宅に押しかけ、庭にいた次男の胸や腹を刺して重傷を負わせました。その後、居間にいた和美さんの胸を一突きして失血死させ、さらに千尋さんの脇腹などを刺した後、胸や背中を複数回刺して殺害しました。
犯行後、名古は自ら徳之島警察署に出頭し、殺人未遂容疑で緊急逮捕されました。その後、殺人罪に切り替えられ、鹿児島地方検察庁に送検されました。
裁判とその後
2002年9月6日、名古は殺人罪・殺人未遂罪で起訴されました。初公判で起訴事実を全面的に認め、2004年6月18日、鹿児島地裁は「反社会的人格態度は強固で矯正は困難」として死刑判決を言い渡しました。名古は一度控訴しましたが、同年8月26日に自ら控訴を取り下げ、死刑が確定しました。
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